こんにちは。
CHIKAKOです。
さて今日は、かつての私も心身を壊すほど苦しみ悩んできた「姑の嫌味」についてのお話です。姑の嫌味に苦しみ、悩み、そしてその問題と真正面から向き合い、なぜ嫌味を言うんだろう?と考え、なんとかよくしていこう、なんとか改善できないものか?と行動してこられたあなた。なんでそこまで私に嫌味を言う必要があるの?と限界まで悩んできたあなただからこそ、できることがあります。それは、あなたが悩みながらも前に進んで来れた要素「知性」をフルに活用した方法です。姑の嫌味を止める方法ではなく、姑が本当はどんな人であるかということを「再定義」することです。では、どうやったら再定義に繋がるのか、今日はそんなお話をしていきます。
それでは、行ってみましょう!
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嫌味を言う姑、なぜ?
まず、姑があなたに嫌味を言う理由は、「あなたの存在を恐れているから」と考えてよいでしょう。
具体的には、
・あなたに、姑の立場やポジションを奪われてしまうのが怖い
・あなたをコントロールできるよう、あなたより上の立場でいなければならない
・姑と息子との関係性以上に、あなたと息子の関係性が深まるのが怖い
・姑の息子への影響力があなたの存在によって、奪われてしまうかもしれないという不安
・息子から姑への愛情が薄れてしまうかもしれないという恐怖
など、「息子との関係性の変化が怖いから」という場合がほとんどです。冷静に読むと、姑がいかにあなたを脅威的な存在として認識しているか、がわかりませんか?そして、姑が息子に依存しているということも浮き彫りになっています。健康的な親子関係である場合は、姑があなたに嫌味を言う必要はまったくありません。だって、息子のこともあなたのことも「一人の大人の人間」として、見ているはずだからです。
私がこのように捉えている理由は、こちらの記事(姑は、なぜ息子の妻に嫌味を言うのか?)に詳しく書いていますが、息子の妻に嫌味を言ってしまう姑は、簡単に言うと、姑が息子に依存していて精神的に離れられないからです。健全な親は、息子が新しい家族を築くことは非常に喜ばしいことのはず。でも、息子に依存している姑は、あなたに息子を「奪われる」のが怖い。精神的な距離が遠くなってしまうのが怖くて怖くて、あなたの夫婦仲にいちいちヒビが入るように、こそっとあなただけに「嫌味」を言ってくるのです。
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姑は、なぜ息子の妻に嫌味を言うのか?
なぜ?と悩み、関係性を改善しようと努力しているあなた
嫌味を言う姑は、自分を顧みることではなく、息子ほど年齢が離れている若い一人の女性に嫌味を言って、自分の権威性をアピールして安心している。一方で、結婚して家族を築き、夫の家族の細部に気を遣い、姑との関係性に悩み、なぜ嫌味を言うの?と考え、どうすれば改善できるのか?を頭がかち割れそうなほど悩み考え抜いてきたあなた。そんなあなたの思慮深さと、姑の言動の浅はかさを比べてみてください。
いかがでしょうか?
あなたには、「圧倒的な知性」というものを感じませんか?
ここで言う「知性」とは、単に勉強ができるとか知識があるということだけではなく
・なぜそうなるのか、どう考えれば改善し、心が平穏になるのか、という「構造を捉える力」
・その「本質を見抜く」洞察
・誰か助けて!ではなく、自分の納得できる解決策を自分で探せる
これが、あなたにある「知性」だと考えてください。
あなたは素直に、なぜ、嫌味を言うの?と感じました。そして悩み、考え、苦しみました。それでも、よくしたいと前を向きました。だから、さまざまな解決方法を探したり、自分の内面と向き合ったり、カウンセリングを受けたり、試行錯誤をしてきたと思うのです。
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あなたにある「知性」で、姑は本当はどんな人なのか、を再定義する
姑の嫌味に悩むあなたは、問題を放置したり、感情的に姑にやり返したり、何か反撃をするような、表面的な解決策を望んでいるわけではないと思います。私もそうでした。ここまで姑の嫌味に悩んできたあなただからこそ、その悩むという「知性」を活用し、姑が嫌味を言う心理的構造を知り、姑が、本当はどんな人なのかを再定義することを提案したいのです。姑という立場を「家族」という枠から一旦外し「姑は本当はどういう人なのか」。これを再定義した私は、姑の嫌味があっという間にどうでもよくなっていったのです。
では、嫌味を言う姑とは本当はどういう人なのでしょうか?
あなたにとって、嫌味を言う姑は「夫のお母さん」ということもあり、どうしても上の立場、目上の方という認識になってしまうかもしれません。しかし、姑は、あなたに嫌味を言わなければならないほど、切羽詰まっているわけです。自分から息子が離れてしまうのが怖くて怖くて。自分の不安を自分で処理できず、あなたを嫌味という攻撃で弱らせなければ、自分の立場や存在が認められなくなるかもしれないという不安があるのです。
お姑さん、とても弱い人間だと思いませんか?
あなたは悪くないし、それどころか、悩んで考えて改善しようとして、自分に問題があるのでは?とまで思ってしまう。むしろ、しなやかで自立した大人の女性なのは、あなたの方ではないでしょうか?
このように、「姑があなたに嫌味を言う」という行動を一旦「家族」という枠から外して、一人の大人の人間が行っていることとして眺めた時、改めてその認識を再定義してみると、あなたと姑は生きている世界がまるで別世界。そう思うと、「嫌味を言う姑」という一人の人間が、自然と小さくなっていきませんか?
こんなふうに、視座を変えて一人の人を見てみると、おもしろい結果が見えてくることがあります。

「再定義」という、本質的であたらしい視座の選択
私自身、こうした方がいい、ああした方がいいという表面的な解決があまり好きではありません。一時的には変化があったとしても、実際それでは問題の本質は何も変わらなかったからです。なので、こんなふうに構造を理解し新しい視座を持つことで、姑という人への認識や捉え方を「再定義」する方が、圧倒的にのちの心の安定につながると感じています。
そして今は、姑のことが本当にどうでもよくなりました。逆に、「姑の嫌味から逃げずに向き合い、なんとか改善したいという思いで試行錯誤し、その体験から学びを得ることができた」という私自身に、ここまでよく生きてこれたね!頑張ったね!と思っています。そして、この私がしてきた行動の納得感が、私をより強くしなやかにしてくれた気がしています。
逃げ出したり、誰かに愚痴を言い合うだけの表面的な対処では、心からの安堵感は得られなかったと思います。「私は何を言われても大丈夫」と心が安心していると、たとえ嫌味を言われてたとしても「自分が何か悪いことをしたのかな?」と不安になるのではなく、嫌味を言う人に対して「あ、問題を抱えている人がいる」と思うくらいになりました。
姑の嫌味に悩むのは、あなたに「知性」があるからです。
ぜひ、自信を持って、今をのびのびと暮らしていただけると嬉しいです!
今回も、最後までご覧いただきありがとうございます。
それではまた、お会いしましょう(^^)
À bientôt 👋
CHIKAKO
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