こんにちは。
CHIKAKOです。
皆さま、年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか?私は、今年こそ健やかな気持ちで年を越したい!と願っておりましたが、今年も夫の発言が原因で、少々モヤモヤしながらの新年の幕開けでした。
しかしながら、このモヤモヤについてAIの「Gemini」と一緒に考察しているうちに、ずっと欲しかった答えを見つけることができたのです。それは、
「期待しない」ということが、どういうことなのか?という問いに対しての答えです。
あなたは、期待しないということを、どのように捉えていますか?私はずっと、
・期待しないって冷たい
・期待しないって愛がない
と思っていたし、
・期待しない人と、どうやって一緒にいられるんだろう?
とも思っていました。
というわけで今日は、その「期待しない」とはどういう状態なのかを、夫婦間の関係性を例に、私の解釈でお伝えしていきたいと思います。何十年もわからなかった「期待しないという状態」。ついに納得できる答えが見つかり、快適な更年期が過ごせそうな気がしています。よければ、ぜひ参考にしていただけると嬉しいです。頑張って、言語化していきますのでよろしくお願いいたします!
では、行ってみましょう!
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1.「期待しない」は、冷たい? 愛がない?優しすぎるからこその落とし穴?
冒頭でもお話ししましたが、私は人に対して期待しないってどういうこと?期待しているから一緒にいるんじゃないの?期待しないって冷たい、愛がない。期待しない人とどうして一緒にいられるの?といういうふうに、期待することを「愛」の一部と思っていました。
熟練夫婦の中には、「夫にはもう期待してない」「期待するからうまくいかないのよ」なんておっしゃる方も少なくないですよね。そこに対して私はずっと「期待してないのに、なぜ夫婦のままなんだ?」という疑問がありました。
私にとって、期待とは「相手の可能性を信じること」であり、「心を分かち合うためのベース(基盤)」だと思っていました。だから、期待を持たずに関係性を続けることは、相手との気持ちの繋がりや共感は持たないという意味になり、とても寂しくて冷たい、ネガティブなことに思えていたのです。
私のサイトをご覧の方はご存知かもしれませんが、私は33歳で流産、34歳で乳がんを経験しました。さらに、執拗に嫌味を言う姑とそれを見て見ぬふりをしてきた夫(以降「ガキ夫」と呼びます)に苦しんだ時期があります。 当時、この状況をなんとかしなければと血の滲むような努力をしていました。数々の丁寧な言葉や図式、箇条書きの説明書、なんとかわかってもらいたいという思いで、ありとあらゆる方法を模索し、一生懸命にガキ夫に届け続けてきました。しかし、共感への期待はほとんどが一方通行且つ、行き止まりだったのです。
「どうしてわからないの?」
「なぜ、この局面でそんな5歳児みたいなことが言えるの?」
(5歳児の皆さま、申し訳ありません…)
期待することを「愛」だと思い込んでいた私は、まるで5歳児のような対応のガキ夫に、丁寧に丁寧に言葉を投げ続けましたが、届いたと思ったら「いや、届いてないんかい」、次は大丈夫!と思えど無理か…といったことを繰り返し、心身ともに疲弊することが多々ありました。完全に「ガキ夫は変わってくれる」そう期待してしまっていました。
「期待することを愛だと思っていた」
これらの私の言動は私からの「優しさ」と「誠実さ」だと自分では思っていたのですが、いつの間にか自分で自分を苦しめる原因になっていたことに気がついたのです。
2.AI Geminiとの会話で気がついた、ガキ夫への「役割の誤解」
そこで、普段からふとした時に時々話し相手になってもらっているGemini(会話の中ではGeminiのジーニーおじさん)に、相談してみました。Geminiとの会話では、ガキ夫の言動、それに対しての私の言動、私の周りからの扱われ方、思い込み、気持ちの感じ方、そして流産、乳がん、毒親、姑の嫌味や未熟な夫によって傷ついた気持ちから、どうやって回復してきたかなどを話し合いました。
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すると、これらを聞いたGeminiは、
「CHIKAKOさんは、それらの困難を自分の賢さと知性によって乗り越えてきたんですよ」
と、答えてくれました。
それを聞いて私はハッとしました。
その自らの経験によって体得してきた知性、つまり心の在り方や生き方を、私は夫と分かち合いたかったんだ、と思ったのです。
私の思う知性とは?
・客観視する力
感情の渦に飲み込まれず、一歩引いて「あ、今私はモヤモヤしているな」「彼はこういう特性なんだな」と、自分と相手を冷静に観察できる力のこと
・解釈を書き換える力
起きた出来事(流産、病気、夫の言動)をただの「悲劇」や「愚痴」で終わらせず、自分の人生にとっての「意味」や「ギフト」へと再定義し直す力のこと
・役割を仕分ける力
相手に「できないこと(共感や思慮)」を求めず、「できること(稼ぐ、物理的、インフラ維持)」に注目する
理想を押し付けず、現実を最適化し整える力のこと
ここでいう知性とは、単なる学歴や知識のことではなく、「起きた出来事に振り回されず、自分の心地よさのために、ものごとの捉え方をデザインし直す力」のことです。これは、その人の生き方や在り方に値します。
つまり、育った環境や生きてきた道の全く違うガキ夫に、その「知性」を求めるのは違うとわかったのです。お魚さんに空を飛んでみてよ、と言うのは酷なことですよね。
「期待しない」とは、相手を突き放すことではなく、冷たいことでも愛がないことでもありませんでした。「相手の役割を正しく理解する」という、非常に高度で成熟した大人の知性だったということに、気がついたのです。

3.「物理的・インフラは夫からの愛!」夫の役割を再定義・感謝したことで感じた健やかな日常と納得感
夫からの愛は、物理的でいい。
いいえ、物理的なことを私に届けるのが夫の役割であり、夫からの愛なんだ。
そう思ったら、
「夫とは知性や思慮深さ、共感を全て分かち合う必要はない」
「できない部分は友達とでいいじゃん」
という、いい意味で(私はそう思っている)自然に諦めることができました。これが、私の中で「期待しない」と合致し納得できたのです。
ガキ夫は、マンモスを狩ってくる(稼ぐ・生活を支える=愛)ことができます。
そして、この愛を妻は笑って受け取る。
つまり、「期待しない」とは、
・お互いの役割を理解すること
・夫からは物理的な愛をもらい、その愛を笑って受け取り、感謝を伝えるだけでいい
と、理解しました。
多くの方は、家族を一番のベース(土台)だと考えているかもしれません。しかし、家族を「ベース(土台)」だと思い込んでいると、その土台が揺らぐ(家族や夫が5歳児的な発言をする)たびに、自分の人生までグラグラしてしまいます。
そこで大切なのが自立です。「大人の健やかで成熟した自立」とは、自分という「個」がまず確立されていることであり、相手(家族や夫、妻)のことも一人の独立した「個」として尊重することでもあります。だから、相手をフラットに見つめることができる。尊重という「愛」がその関係性の中にあります。
つまり、家族の概念として、夫や妻、家族がいても、「まずは自分がここに存在する」という「個」をベース(土台)にし、家族はそのもっとも大切で「付属的な選択肢」という位置付けにすることが「期待しない」ということの最適解なのでは?と思ったのです。
もちろん、子供はある時期までは親に依存しなければ生きていけません。一人の人間として子供から大人へ、依存から共存、自立へと成長していきます。この「自立」こそ、「期待しない」の基礎であり、家族をもっとも大切で「付属的な選択肢」として捉えることで、相手への期待が自然に薄まるのではないでしょうか。
つまり、「相手に期待しない」とは、自分で自分の心地よさや快適さを作り出すこと(自分の役割)ができ、例え相手が自分の期待した通りの言動をしなかったとしても、「私にとって、もっとも大切だけど付属的な要素だから、まあ仕方ないか。だって、私は健やかで成熟した大人だし自分で自分のご機嫌を取れるから」という境地に立つことができます。
「付属的な要素」と聞くと冷たく感じる人もいるかもしれません。しかし、実は逆なのでは?と私は思っています。この「付属的な要素」という捉え方がベースにあれば、相手を「自分の人生を埋めるための道具」として見ません。相手を一人の独立した「個」としてフラットに愛せるのです。
この感覚が腑に落ちた私は、どうして期待しない人と一緒にいられるの?という疑問が解消されました。むしろ、「この関係性だからこそ一緒にいられるんだ」と、不思議なほど自然に理解でき心が軽くなりました。
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4.悩みすぎ・考えすぎという「知性と不屈の精神」で掴んだ、健やかな更年期シーズン
私は33歳で流産、34歳で乳がんを経験したことを先ほども書きました。それ以降、いかにストレスを減らすか、心身ともに健やかに暮らすか、ということをもっとも大事にしてきました。それは、私が経験した病気の原因は遺伝ではなく、幼い頃に受けた周りからの未熟な扱いによるものごとの捉え方の歪みがストレスを生み、そのストレスの積み重ねが導いてしまった結果だと捉えているからです。
ただでさえ、イライラしたり不調がでやすくゆらぎやすい更年期は、絶対に健やかに過ごしたいと思っていました。
そう考えると、このタイミングで「期待しない」が腑に落ちたことは、健やかな更年期シーズンを送る上で非常に大きなステップになったと感じています。
実際、今夫は単身赴任中で、少し前までは今のこのわんことの自由な暮らしを申し訳ないと思っていました。しかし、
・期待しないは、役割を理解すること
・夫からは物理的な愛をもらい、その愛を笑って受け取り、感謝を伝えるだけでいい
・夫とはすべての知性や共感を分かち合わなくていい
この「期待しない」ということの再定義が腑に落ちたことで、物理的・インフラを維持したまま、わんこと気ままに暮らしているこの状況こそが、夫からの愛なんだと感じるようになりました。そして、今の更年期を健やかに過ごせていることが、とても有り難いと思っています。
だからといって、イライラが完全になくなったわけではありません…。だからこそ、嫌なことは嫌だという意思を伝えることや、コミュニケーションを怠ってはいけません。「言わなくてもわかってほしい」は、ある意味「傲慢」という名の「期待」ではないでしょうか。どんな場合があったとしても「期待しない」を再定義したことによって、私の心身がこれほどまでに軽くなったことは間違いありません。
それぞれの役割を理解し、いい意味で諦め(明らかに極める)、自分の人生において、周りの人たちはとても大切だけど付属的な要素でもある、と認識し期待しない。それは決して冷たいのではなく、相手への尊重になる。夫や妻、家族、兄弟姉妹、職場、ご近所さんなどなど、あらゆる人間関係に活用できるのではないかと思っています。
期待するから問題が生まれやすい。これは、今の日本に蔓延している問題のように私は感じています。そして、昔からの日本人の美徳とされる在り方や構造にも関わっていることなのでは?とも思います。これについてはまた新たな気づきがあった時に、ここで言語化していきたいと思っていますので、ゆるりとお待ちいたでけると有り難いです。
どうかこの記事が、あなたの心を少しでもほぐすことができますように。
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今日も、最後までお読みいただきありがとうございます。
それではまたお会いしましょう。
À bientôt 👋
CHIKAKO
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